国際化に向けて羽田空港は今大きな発展を遂げようとしている。
現在ほぼ工事の終了した羽田空港4本目となる長さ約2500メートルのD滑走路と新国際線ターミナルの供用が10月21日から開始される。完成すれば年間の発着能力が約30万回から約41万回にまで増加する。この約11万回の増加枠のうち6万回を国際便に割り当て、欧米便を含む需要の高い国際ビジネス路線の国際定期便を就航する予定である。
利用者の増加を見込んだ京急電鉄は、「羽田空港国際線ターミナル駅」や新逗子駅から新駅までのエアポート快特の新設で利便性を高める。
東京モノレールは新駅「羽田空港国際線ビル駅」を開業。新駅の改札口を国際線の搭乗口のあるビル3階部分に直結させ、空港利用者の需要を獲得する考えだ。
他にも都心と空港を結ぶ割安な定額運賃のタクシーや、終電後の国際線ターミナルと結ぶ深夜バスの運行を計画する羽田エクセルホテル東急など、周辺地域の動きも活発化している。
今回記者はその羽田空港を舞台にした「空の日フェスティバル」に赴き、国際化に向けて発展を遂げている"羽田の今"を取材した。
まず記者が訪れたのは『羽田グローバルEXPO』という地元・大田区主催のイベント。地域の人々に羽田空港をより身近に感じてもらい、地域外の人々には地元の魅力を知ってもらおうとの狙いだ。
国際交流をテーマに、大田区の産業の紹介やステージパフォーマンス、各国料理を楽しめる屋台などのほか、来月から羽田空港に就航する内外の航空会社などのPRブースも設置されていた。
記者が到着した時、ビールを片手にうちわをあおぐお父さん、カラフルな容器に入れられたかき氷を無心にほおばる子供達で会場は熱気に包まれていた。ステージでは、中国東方航空(中国)、デルタ航空(アメリカ)、マレーシア航空(マレーシア)、日本空港(日本)など各国のCAさん達が華やかな衣装を身にまとい、自らの航空会社や就航先の魅力などについて懸命にアピールしていた。
炎天下でもステージで笑顔を絶やさないCAさん達からは、仕事への情熱や会社への誇りが十二分に感じられた。
次に記者が見たのは新国際線エプロンで開かれている航空機及び空港車両展示会。風の強い会場におかれた航空機がプロペラをカラカラと音を立てて回す様子が、大人のおもちゃ置場のような空間を作り出していた。
そのおもちゃ達の中に2機の人気者がいた。一つは第二次世界大戦後に初めて日本のメーカー(日本航空機製造)が開発した旅客機である『YS-11(量産初号機)』。
そして、もう一つがこの展示会の目玉展示機『富士号』だ。
富士号は日本初のジェット旅客機として50年前に就航。14年間にわたり3万9360時間を飛行した。1974年の退役後は整備訓練機として利用されたが、1989年に機首部分のみがカットされ、現在まで保存されてきた。その内装は高級感漂う和風空間となっており、現在残っている機首部分からも窓に取り付けられた障子や、壁に描かれた花の絵などにその片鱗がうかがえる。
なお現在の規制では窓に可燃性の障子を付けることは出来ないそうだ。塗装の剥げや、機体の凹み、少しくすんでしまった色合いなどが50年という月日の長さを感じさせる。富士号に別れを告げ、記者は管制塔見学に向かった。
羽田空港の新しいランドマークとなる管制塔。最上階には離着陸する航空機を順序良く安全に誘導し指示を出すための機器が設置されている。
国際化に伴って造られたD滑走路は旧来の管制塔からかなり離れており、旧管制塔から管制官が目視したとき、安全上規定されている視野角を部分的に確保することができない。また、新設される誘導路の一部が建物の陰に隠れてしまい、機体を目視で確認できない部分が生じてしまうため、新管制塔を作る必要があったのだ。
今回は残念ながら管制官の働くフロアのすぐ下の展望台までしか行くことができなかったが、それでも地上116mからの景色に周りの子供たちは大興奮であった。(ちなみに記者は高所恐怖症のため・・・であった(笑))
続いて取材したのは、約200人の親子連れが約180tもあるというポケモンジェットと綱引きで対決するというもの。
人間vsポケモン世紀の対決が今ここに!?
最初は子供達vsポケモンジェット。必死に綱を引っ張る子供達・・果たして結果は?
WINNER・・・ポケモンジェット!!
ということで次はお母さん達も参戦。母&子vsポケモンジェット。綱を引っ張る時でさえもバッグは離さないお母さん達が子供達の援軍だ。
結果は・・WINNERポケモンジェット!!
強い!!強すぎるぞポケモンジェット!!
最後に切り札のお父さんが登場。父・母・子&何故か記者も登場(笑)
(果たして戦力になるのか?)
結果は・・WINNER人間!!
今までピクリとも動かなかったポケモンジェットがついに動いた。やったぜ人間!!ということで勝った人間軍の皆様に少しお話を伺ってみた。
「重かったけど楽しかった」とハズかしがりながら答えてくれた子供達、「父親の威厳を保てて良かった」とホッと胸をなでおろすお父さん、お父さんはやっぱりスゴいですか?という質問に「・・・ハイ」と少し間を空けちゃうお母さん。ほんわかとした気持ちになる記者(*^^*)
最後は「D滑走路歩き初め」。これは羽田空港に新しく作られたD滑走路を歩いたり、記念写真を撮ったりしようという企画である。
なお、D滑走路は基本的に埋め立てによって建造されているのだが、多摩川の流れをせき止めないようにするため、一部は桟橋構造となっている。新しいターミナルとは少し距離があり、バスで20分ほど移動する必要がある。新滑走路を利用する旅客は少々の忍耐を強いられそうだ。
一行を乗せたバスは埋め立て地への橋を通過して新滑走路へ到着。いよいよ歩き初めの始まりだ。
滑走路はまだ使用が出来ないことを上空からも分かるようにするため、大きく白色でバツ印が描かれてあったり、進入用の印が隠されてあったりした。その光景はこの体験のレア度をさらに増しているように思われる。記念写真を撮った後の自由時間では、参加者たちが滑走路に寝転がったり、写真を撮ったり、係の方に色々な質問をしたりとそれぞれの時間を楽しんでいた。
ちなみに記者も滑走路に寝転がってみたのだが、予想通り硬くて寝心地が悪かった。一方で、普通の道路とは比べ物にならないくらい滑らであったことに驚いた。どの企画もめったに味わうことのできないだけあって、子供だけでなくお父さん、お母さんも少し興奮しているようだった。
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「ハブ」とは、自転車などの車軸の意味だ。拠点空港に各地から航空機が集まる様子が、ちょうど車軸から放射状に広がる棒(スポーク)に似ているため、拠点空港のことをハブと呼ぶようになった。需要が少ないため直行便を飛ばせないような地方の都市間でも、ハブ空港を介せば1回の乗り換えで行き来できるという利点がある。
アジアにはチェックラップコップ空港(香港)を筆頭に、チャンギ空港(シンガポール)、成田空港、そして仁川空港(韓国)などがある。日本ではこれまで、国際線は成田、国内線は羽田で使い分けてきたが、成田は羽田とのアクセスが悪く、地方空港から羽田を経由して成田発で海外に出かけるのはやはり不便だ。東北や北陸、九州などの地方空港の中には、国際線の乗り継ぎに便利な仁川空港(韓国)との直行便があるところも多く、わざわざ成田を利用するより仁川空港を経由して海外に出かける利用者も増えていた。その状況を打開し、仁川空港を超えるハブ空港になることが羽田空港の目指す姿である。
ただ日本でのハブ空港化には大きな問題がある。日本の空港の着陸料は世界一高いといわれ、韓国の仁川空港と比べるとその倍を大きく超えている。また、ハブ空港の必要条件である24時間運用もなされないことから、日本回避の航空会社が増えているという問題も指摘されている。
現に5月末にはまとまるとみられていた日中航空交渉が難航、現時点では完全にストップしてしまっている。貿易、観光どちらを取っても日本の航空事情に大きくかかわる中国との交渉が停滞しているのは、日本にとって大きな損失になりそうだ。
強力な国際ハブ空港を作ることにより、各国からヒト、モノ、カネを呼び込むことは日本の経済の発展を促すことにつながる。羽田空港は日本の明るい未来という重要な役割も担っているのだ。
今回の取材を通じて、「成田よりも羽田の方が家から近いので、国際化してくれて嬉しい」「来年は(羽田空港から)海外旅行に行きたい」など羽田空港の国際化に期待する声を聞いた。こうした声に対し羽田はどのような答えを出すのだろうか。羽田空港のこれからの進展によりいっそう注目し見守っていきたい。
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