「年収1,000万円以上」
働く人の多くがあこがれるこの数字、この響き。
それを意外な商売で達成している人がいることをご存じだろうか。
その商売とは、「紙芝居師」。
その道40年、カリスマ紙芝居師として知る人ぞ知る"やっさん"こと安野侑志さん(65)が憧れのその人だ。
今回取材したのは、その安野師匠の指導のもと、紙芝居師を組織的に大量養成し、イベントや講演などに派遣。
ビジネスとして全国展開しようという株式会社「漫画家学会」主催の「紙芝居師候補者オーディション」だ。
晴れて紙芝居師となれば、固定給も保証されるという。
未曾有の大不況でリストラや派遣切りの憂き目にあう人が続出する中、漫画家学会の画期的な取り組みは各方面から注目を集め、オーディションは毎回、予想以上の大盛況。
この日も100数十人の未来の紙芝居師が集い、熱弁をふるった。
(取材日:平成21年5月15日(金) 場所:東京・町田市民文学館「ことばらんど」)
映像でおわかりいただける通り、参加者の経歴や個性はさまざま。
リストラされたサラリーマンや、会社人生に生きがいを見いだせず、新たな道にチャレンジしたいという人、定年後のライフワークを探している人、ベビーカーを引いた若いママ、売れない(失礼!)芸人や元歌手、元俳優、元TVキャスター、講談師に保育士など、文字通り多士済々の顔ぶれだ。
安野師匠の模範演技の後、いよいよオーディションスタート。
演目は、往年の人気タイトルで紙芝居の代名詞ともいえる「黄金バット」の一節だ。
大勢の参加者や審査員、取材陣の前での演技に、どの参加者も一様に緊張が隠せない。
しかし、自ら紙芝居師に名乗りをあげた人たちだけあって、緊張を振り払うかのような熱のこもった演技で会場の視線を引き込んでいく。
演技のレベルは、素人目の記者から見ても予想以上に高い。
元俳優や役者など、もともとその種の経験がある人はうなずけるのだが、そうしたバックグラウンドを持たない人でも、それぞれに聴衆を引き付ける力を備えているようだ。
中でも特に記者の印象に残ったのは、上下作業着姿で参加した60歳前後の男性だ。
工事現場の親方で、演技などまったくの素人というこの男性。
「とんでもないところに来ちゃったな」
「もう手が震えてます」
などと言いながらも、一直線で豪快な演技で私たちを魅了した。
人をひきつけるのは、必ずしも演技経験やテクニックの巧拙だけではないということを改めて教えてくれた快演だった。
午前の部、午後の部と、2回にわたって行われた今回の紙芝居師オーディション。
参加者たちの熱意と迫力には圧倒されっぱなしだったが、彼らの真剣なまなざしの奥には、単に「仕事が欲しい」という以上に、自らが主役になれるステージで、自分を思い切り表現し、自分の存在を認めてもらいたいという、根源的かつ現代的な願望が宿っているように思えた。
暗いニュースの多い不況の時代。
だがそんな時代だからこそ、自らの過去と現在に思いを巡らし、何を生業(なりわい)とすべきか、ひいては、どう生きるべきかについて考えるには絶好のチャンスにもなり得る。
今回の「紙芝居師候補者オーディション」はその良いきっかけを与えてくれたように思えるのだが、皆さんはどうお感じだろうか。
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