「トビハゼ」を皆様はご存知だろうか?
午後一時過ぎ。じりじりと照りつける太陽のもと、記者を含む我々取材スタッフは東京・江東区の荒川の土手へ「トビハゼ探し」にやってきた。
トビハゼはハゼの一種で、おもに内湾や干潟などの泥地に生息する魚。発達した胸びれで泥地の上を這い回ったり、飛び跳ねたりする。
成体は10センチほどになるが、諫早湾の干拓で生存が危ぶまれたムツゴロウと比べると大きさは半分ほど。ムツゴロウが日本では有明海周辺のみに分布しているのに比べてトビハゼは各地の干潟に生息しており、ちょうどその北限が谷津干潟や江戸川放水路河口、多摩川河口など東京湾周辺だ。
トビハゼは現時点での絶滅危険度は小さいが、生息条件の変化等によっては「絶滅危惧」にも移行しうるとして環境省のレッドリスト(日本国内の生物の絶滅危惧種を評価したもの)では「準絶滅危惧」に分類されている。
毎年、地球規模では、開発や気候変動の影響を受けて四万種以上の生物が絶滅していると推測されている。地球上の生物の多様さと自然の営みの豊かさを指す概念は「生物多様性」と呼ばれ、現在その保全は国際的にも大きな問題となりつつある。
そこで、記者も実際に荒川で準絶滅危惧種であるトビハゼを探しながら、現在至るところで取り上げられている環境問題----特に、生物多様性の問題の一端について考えてみることにしたのである。だが果たして、絶滅が危惧されている生き物をそう簡単に見つけることができるのだろうか?
干潟に足を取られて悪戦苦闘! 汗と涙のトビハゼ探索記
さっそく荒川の堤防を下りてみると、そこには広大な干潟が出現していて、都内では新鮮な光景。干潟は土砂の堆積や水流の微妙なバランスによって河川や河口部、海岸などに形成される地形だ。時間帯によって陸地になることもあるし、水面下になることもある。今回やってきたのは荒川流域でも最大規模の干潟。
想像以上の広さに思わず途方に暮れるが、ざっと見渡してみるとところどころに水溜りが出来ていて、何を採るためのものなのか網やバケツ、熊手を持った人たちもちらほら遠くに見える。......と、すぐ足元の水溜りにブクブク泡が立っていて、よく見るとその中を素早く移動しているものがある。それも一匹ではない。間近で見ると、なんと魚である。人が近づくと逃げてしまい、しかも泥の中にもぐってしまうのでその姿をカメラに収めるには苦労する。もしやこれがトビハゼなのか? 一瞬胸が躍るも、トビハゼにしてはずいぶん小さい。それに至るところで見られるから、これが希少生物のトビハゼとは考えにくい。さらによく見ると、水溜りにはこの小さい魚だけではなく、シジミと思しき貝類やカニなど至るところに生き物がいることが分かった。
こうして、しばらく干潟の表面を探索しているうちにふと視線を足元へ移すと、もうズボンは泥まみれ。とにかく記者は、干潟についての認識が甘かった。何より思い知ったのは装備不足。早くも靴の中には泥水が浸水を始めている。最大の脅威かつ危険はその歩きにくさだ。場所によっては立っているだけでもズブズブと沈んでいってしまう。これはいけないと思って移動しようと片方の足を上げ、もう片方で地面を踏ん張るとこちらの足がまた沈む。さらに靴を履いていると泥の重さで足を取られて、危うく頭から泥に浸かりそうになる。文字通り顔に泥を塗るところだ。干潟へ来るには、裸足が一番だと痛感する。
さて、トビハゼ探しも一時間ほどすると焦りの色が出始める。どこを探しても水溜りの中には先ほどの小さな魚しかいない。はじめのうちは見かける度に新鮮だったカニも、いまは見つけたところで「またお前か」といったところ。そんな中、記者はシジミ採りをしていたおじさんから衝撃的な情報を得る。
「ハゼの季節は8月だよ」
先ほどから見かけていた小さな魚は、ハゼの子どもということだそうだ。そして、ハゼもトビハゼも同じようなものだと勘違いしていた記者はこれ以上探しても見つからないだろうと、段々諦めムードになってくる。やはり、準絶滅危惧であるトビハゼなどそう簡単には見つからぬものなのか。もう30分ほど探した後も全くの成果はない。今回の取材はここで打ち切り。もう一度、夏に出直そう......。そう思った刹那、メンバーの一人が
「あ! いるぞ!」
と声を上げた。なんと、最後の最後でトビハゼ発見。そこは記者が沈みかけた泥地と違い、むしろ乾いていて、辺りには草なども生い茂っている場所だった。トビハゼはこうした場所を好むのかもしれない。石の陰から躍り出たトビハゼは体長が5センチ以上あろうか。「マッドスキッパー(泥の上を跳ね回るもの)」という英語名のごとく豪快な跳躍を見せた。そのすばしっこさで我々を翻弄したあと、このトビハゼは草むらの奥深くへと消え去ってしまった。しかし、我々の胸の中には確かな達成感が残ったのであった。
規模の大きな問題も、まずは個人の認識から
さて、今回のトビハゼについてもう少し広い視点から考えてみよう。環境問題に取り組む国際的なNGO『コンサベーション・インターナショナル』は、最も生物多様性が豊かながら同時に危機に直面している世界の34ヵ所を「生物多様性ホットスポット」として選定している。日本に注目すると、列島全域がホットスポットとなっている。
これは高度経済成長期以来の工業化や開発・汚染の結果ともいえるが、これに加えて我々の生活排水や日常品の消費、ゴミの廃棄もそのまま環境破壊に繋がっているということもしっかりと認識しておきたい。
たとえば記者は干潟がただのヘドロの広場ような場所だと思っていたが、実際には多様な生物の暮らす場所だ。干潟は稚魚や幼魚の生育場所、あるいはそれらを捕食する鳥の飛来地ともなっている。 泥には微生物が多数生息していて栄養価も高いから、これを餌とするカニや貝も多数生息する。だが、これを人間にとって「役に立たないもの」として干拓や埋め立てをさかんに行った結果が諫早湾に見られるようなムツゴロウの危機や、トビハゼの準絶滅危惧指定である。
今回取材した荒川についてはボランティアによるゴミ拾いから既設護岸の撤去・自然地再生など、民間から公共団体まで様々な人や団体が主体となった取り組みが行われている。特に河川は様々な地域を流域とするので、川の環境保全を共通の問題として行政地区を越えた連携も必要であろう。今回トビハゼ探しを敢行した干潟も自然地再生工事の行われた場所だ。我々がトビハゼとの対面に成功したのも、こうした取り組みが実を結びつつある証左といえるかもしれない。
しかし、環境保全の取り組みに熱心な人々の一方で、トビハゼが準絶滅危惧であることや荒川のトビハゼ生息自体も知らないという地元の方も見受けられ、運動主体や情報の普及に偏りがあるのでは、とも感じられた。人間が現在の生活水準で日常生活を営むという行為は、すでにそれ自体が環境破壊となりうる。だからこそ、こうした環境問題----特に身近な地域の現状は、我々個人がしっかりと意識して知っておくべきだろう。
7月の北海道洞爺湖サミットでは、こうした生物多様性の問題についてどういった進展があるのかにも注目したい。エコだ、温暖化防止だ、環境保全だ、と世界規模で環境問題とその対策キャンペーンに湧く昨今、我々はメディアを通じて知り得た情報だけで満足してはいないだろうか? 常に肝心なのは、それを知った上でどう動くかである。こう締めることで、記者も自戒としたい。
参考 2008年6月5日毎日新聞企画特集「生物多様性も危機に」
広報誌「ARA」2008年6月号 国土交通省荒川下流河川事務所
神奈川県水産技術センター内水面試験場 淡水魚図鑑 http://www.agri.pref.kanagawa.jp/suisoken/naisui/n_fish.asp
コンサベーションインターナショナル・ホームページ
http://www.conservation.or.jp/
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