(前篇からの続き)
さて、始めはそのようにのどかだった大根畑も、予選上位20位までのみが進出するファイナルステージに入るとそれまでとは少し違った空気が流れ始めます。何やら少し緊張感が漂って参りました。
そう、彼らファイナリストには「優勝」の二文字が今はっきりと見えているのです。優勝商品は温泉ペア宿泊券と米一俵。競技開始を前に大根畑のあちらこちらで「温泉」「温泉」という単語がちらほらと熱気に混じって聞こえてきます。大根畑のボルテージが最高潮に達した頃、ついにファイナルステージの「プル!」が畑に響き渡ります。それをきっかけにファイナリストたちが一斉に大根を引っこ抜き始めたのです。
やはりスポーツは結果が分からないものでありますし、選んだ大根が引っこ抜き易いものか、曲がっていて抜きにくいものかというギャンブル性も加わり、ファイナルステージは誰が優勝するか全くわからない混戦模様を呈しました。その中で優勝した方はなんと2位、3位を大きく引き離した22本という圧倒的レコードで表彰台に輝いたのです。(2位は13本の方でした。)
また、当日抜いた大根の「長さ賞」「重さ賞」「芸術賞」の発表がありました。長さ賞は104.3cm。重さ賞は4.5kgでした。ちなみにこの一番重い大根を抜いたのは88歳のおばあちゃんだったのです(!)
こうして、参加者の様々な思いを受けながら、「第一回練馬大根・引っこ抜き大会」は熱気と活気のあふれる大会となり、大成功のうちに幕を閉じたのでした。
さて、前述したように現在都市近郊で行われる農業は海外などの大規模農法による安価な農産物に追われて不利な状況にあります。そこで練馬の農家の方々は、今回のイベントで知名度を高めブランド力を上げるとともに近郊のスーパーと契約して「朝採り野菜」を出荷、付加価値を高めて消費を促す努力などを懸命に行っています。「モノは本当にいいんだ」とおっしゃった農協職員の方の言葉が忘れられません。
しかしながら、練馬区を初めとして東京都近郊の農業は未だ厳しい状況にあることに変わりはありません。23区内においては地価が高いために膨大となってしまう固定資産税が重く生産者にのしかかります。それに対して国は「生産緑地法」という法律を制定し、農地を「生産緑地」と「宅地化農地」の二つに分け、「生産緑地」に指定された農地には固定資産税を大幅に軽減(1アールで70~100万円の軽減)するなどの対策をしています。しかし「生産緑地」指定には今後30年間農業を続ける、面積が500平方メートル以上であること等の条件があり、零細であり、根本的問題として跡継ぎ不足に悩んでいる農家の方々にとっては指定を受けることは困難であるといえるでしょう。
そこで練馬区では、全国に先駆けて「農作業ヘルパー制度」をはじめました。希望者を募って10ヶ月で16回の研修を行い、最終的には農家の方のお手伝いを行える人材を育成するという制度です。第一回目の募集には120名を超える希望者から28人が選ばれたらしいです。練馬区から発信された、この「ヘルパー制度」は現在多摩地区、神奈川県、大阪府などにも広がりを見せています。また、これらのヘルパー制度がボランティアであるのに対して、練馬区のヘルパーは全員が有償です。これは、ボランティアで発生しがちな農家とヘルパーの甘えや遠慮を取り除くためだといいます。しかしながら、だからこそ定職についている人は応募できず、退職者の方や主婦の方が多く、平均年齢が50歳以上という問題や、研修を受けたヘルパーの雇用先を職業安定法の関係上、区が斡旋することが出来ず就業が難しいなどの問題があるという指摘もあります。
東京都も地産地消の促進、後継者の育成などを目指して、気楽に農業を体験できる「モデル農園」や「直売所など販路の拡大」を積極的に行っているようですが、まだまだ行政側の課題は大きいようです。
昨今、叫ばれる「食の危機」。相次ぐ表示偽装・・・。不二屋に始まり、ドミノ倒し的に、実に多くの偽装が露見しています。今やこの問題がどこまで深いのか、いつどのように収束するのかさえわからなくなっています。消費者の食への不信感もかなりたかまっている昨今、一番安心なのはやはり生産者の方の顔が見えること。今こそ地産地消を促進して、練馬大根も地域に根付いた地元の誇りとして一層の復活を遂げてもらいたいと思います。
そして、それでも厳しい状況に置かれている生産者の方々が安心して農業を営めるよう、行政側の努力だけでなく、私たち消費者ももっと食に対して敏感になっていかなければいけないのではないでしょうか。どこかで「安全神話」を信じていたことが最近の食問題の原因の一つであるかもしれません。また、私は今回の取材で「ヘルパー制度」など一般の人に農業を紹介している事業があることを初めて知りました。未だ知名度が高いとは必ずしも言えない「ヘルパー制度」や「モデル農園」に、若い人たちをいかに呼び込んでいくかが、行政や、農業団体のこれからの課題ではないかと思います。
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