足を踏み入れると同時にたちこめる、ほこりっぽい匂いとひんやりとした空気。そこはまさに、都会の"異世界"だ。
去る平成19年11月18日に開催された東京メトロ「副都心線トンネルウォーク」イベント。副都心線とは、今年6月14日に開業が予定され、新宿地区をはさんで池袋と渋谷をほぼ一直線に結ぶ新しい地下鉄。
池袋ー渋谷間の所要時間は各駅停車で16分、急行ではわずか11分。東京都心の西地区、いわゆる副都心の新たな動脈が産声を上げる。
地下鉄開通80周年を記念した今回のイベントは、開通へ向けて急ピッチで工事が進む副都心線「新宿三丁目」駅から「東新宿」駅の往復およそ2.5キロを、一般参加者80組160人が練り歩くというもの。都心の"新たな足"への注目度の高さと、建設途中の地下鉄を見られるというもの珍しさからか、参加を希望する人も多かったとみられ、一般参加者は抽選となった。
当選した幸運な人たちは、家族連れや父と幼い息子のコンビ、若い男女のカップルなど様々だったが、いずれのグループからも、地下鉄や鉄道への愛情、愛着がにじみ出ているように感じられた。また、私たちのほかにも多くのメディアの取材陣が訪れており、期待の高さは予想以上であった。
スタート地点でヘルメットを手渡され、いざ地下へ!
狭い入り口を通って仮設置された階段をおそるおそる下りていくと、目の前には想像以上に大きな空間が開ける。ところ狭しと並べられた工事用の機材。むき出しのコンクリートの壁。普段地下鉄を利用しているとはいえ、完成前の"生"の状態を目の当たりにするのはもちろん初めてで、さっきまでいた地上の大都会が嘘のようだ。
しかし、開業前の耳慣れない駅名が記された標識や、一部完成した壁面タイル、そして何より遠く視線の先にまで続くトンネルの暗闇が、ここがまさに地下鉄であることを改めて感じさせる。
未完成の副都心線・新宿三丁目駅を後に、一行はいよいよ線路へ。ここからがウォーキングの本番だ。慎重にプラットホームから下り、枕木につまずかないよう一歩一歩足を運ぶ。どこまでも続く線路とコンクリートのトンネル。照明が映し出す微妙な陰影。最先端のシールド工法が生んだ都会の洞窟は、どこか幻想的で神秘的な空気さえかもし出していた・・
ところで、この地下鉄「副都心線」の開業をはじめ、2008年は首都圏の鉄道網が大きく変貌を遂げる。3月30日に東京都運営の新交通「日暮里・舎人ライナー」が開通。起点となる日暮里駅は、2年後に全面開通する「成田新高速鉄道」も発着する。また横浜でも、東急東横線・日吉駅とJR横浜線・中山駅を結ぶ市営地下鉄「グリーンライン」が開通。東急は6月には、目黒線の終着駅を武蔵小杉駅から日吉駅まで延長する。
それぞれの沿線では人口増や人の流れの変化をにらみ住宅開発や商業施設の開発が活発化している。中でも、池袋・新宿・渋谷というビッグタウンを結ぶ副都心線のインパクトは決して小さくない。池袋を経由して東武東上線や西武池袋線からも電車が乗り入れるほか、2012年には渋谷駅で東急東横線とも接続。東京多摩地区の北部や埼玉、また横浜方面に住む人々がノンストップで副都心のどの街にも来ることが可能になるからだ。
となれば当然、買い物客の足は、かつて「行きやすかった街」ではなく、「買いたいもののある街」「好きな街」へと向かうことになる。そこで目の色を変えているのが3つの街の各百貨店だ。
新宿ではこの春、京王百貨店が全面改装オープン。小田急百貨店も来年秋をめどにリニューアルする。池袋の東武と西武の両百貨店も同様の動きを見せているほか、渋谷では東急グループが高さ188メートルの多目的複合ビルの建設を計画。国内最大規模のミュージカル劇場なども格納し、シブヤの新たなランドマークの誕生を目論む。市場の縮小と消費の多様化で再編が続いていた百貨店業界に、新たな競争と変革の波が押し寄せようとしている。
新しい鉄道の開通と沿線開発のラッシュで、ますます便利に、賑やかになる東京。その一方で、東京と地方の格差が叫ばれて久しい。ヒトやモノを無尽蔵に飲み込み続けるメトロポリスも、過疎化と高齢化、産業の地盤沈下が進む地方も、同じひとつの国の中にある。
東京で暮らす人たちにとっては、電車やデパートの選択肢が増えることは基本的に歓迎すべきことだろう。しかしながら、東京に暮らす1人である私個人としては、それだけの豊富な選択肢をもはやもてあましつつもある。まるで機能がありすぎて使いこなせない最近の家電製品のように。
東京一極集中。なるほど。では、それでいいのか悪いのか。それを受け入れるなら、全体としてどんな国のあり方を目指すのか。より具体的な議論は置き去りにされているような気がするのは、私だけだろうか・・・
トンネルウォーク開始からおよそ2時間。全身にじんわりと汗をかいた。額をぬぐう。何だか目の前がまぶしい。いつの間にかゴールにたどり着いたようだ。
デパートが立ち並ぶ副都心の地下で、この国の見えない未来を思った今回のイベント。こんなふうに、いつの間にか、明るい光が向こうから差してくる・・そんなうまい話があればいいのだけれど。
(※諸般の事情で記事と映像の掲載が遅くなってしまいました。関係者の皆様には謹んでお詫びいたします。)
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