昨今、四川大地震や、五輪問題で連日報道される中華人民共和国。
チベットを巡る報道に日々晒されていた中で、ある日チベット問題を自分で整理してみようとした所、あまりにもその素材となるような情報が少なく、テレビ報道では、リレーの妨害行為などの事象のみが追われがちである事に気づきました。そして同時に、チベット人の生の声がほとんど報道されていないのではないかという思いに至りました。
そこで今回は、東京・神田にある「チベット仏教普及協会」を訪ね、チベット人僧侶であるクンチョック•シタル氏に、チベット仏教やチベットの現状のお話、更に亡命の体験談を伺ってきました。(※なお取材は四川大地震の発生前に行われました)
映像は、第一部にチベット仏教普及協会の授業風景と、世界と日本のチベット仏教の現在や北京五輪問題などを伺ったインタビューを、第二部にシタル氏の亡命体験談を中心にまとめています。
さて、今回のチベット騒動は、今年(2008年)3月10日にチベットの中心地ラサで僧侶を中心として大規模なデモが発生したのが発端でした。そのデモが起きるに至った経緯から考えてみたいと思います。
1951年、それまで自治を保っていたチベットに、その前年、内戦に勝利し、中華人民共和国を建国した中国共産党の人民解放軍が進入します。その8年後の1959年、3月10日、ラサで所謂「チベット蜂起」が発生します。これは北京の中央政府が、ダライ•ラマ14世を北京に呼び出しダライ•ラマ14世がそれに応じようとした所、それを罠(「中国政府は拉致を企んでいるのではないか」というもの)と判断して危機感を持った30万(チベット亡命政府発表)の民衆がダライ•ラマ14世の居所であるポタラ宮殿を囲んだために、混乱に陥った事件です。この鎮圧を巡って8万7000人のチベット人が殺害されとも言われています。(チベット亡命政府発表)
その際ダライ•ラマ14世は混乱を収束させるためインドに亡命を果たし、それに伴い多くのチベット人がインドに亡命。インド入国直前の途上で発足した「チベット臨時政府」の保護下に入りました。
現在「臨時政府」は「チベット亡命政府」としてインド北部ダラムサラにあり、10万人の在印亡命チベット人を筆頭に全世界13万4000人の亡命チベット人の代表機関として存在しています。(人数はチベット亡命政府発表)ダライ•ラマ14世が国家元首の地位に就きつつ、立法•司法•行政の三権分立を整え、将来「高度の自治」が実現したときにそのままチベット本土の政府に移行できる体制を構築しています。
さて、ダライ•ラマ14世が不在となったチベットでは、中国政府がチベットの統治を盤石なものにすべく、1966年に正式に「チベット自治区」を発足させます。ただ、自治とは名ばかりの形式的な傀儡(かいらい)政権が実態だったとも言われています。自治政府発足に先立つ選挙も、立候補は事前の中国政府の審査を必要とし、秘密投票さえ守られていなかったという話もあります。(ペマ•ギャルポ『チベット入門』)
その後の統治は、1980年代の胡耀邦(コヨウホウ)政権時代のような比較的寛容な時代があったものの、特にチベット文化やチベット仏教に対する締め付けは熾烈であり、僧である身分を剥奪されたり、チベットのほとんどの寺院が破壊されてきたという一説もあります。(ロラン・デエ『チベット史』)さらに、高等教育のほとんどが中国共通語で行われることや、中国人労働者の流入によるチベット人の大量失業なども問題視されています。
今回のデモの大きな動機の一つに、ダライ•ラマ14世の言を借りれば、このような「文化的虐殺」への抗議があります。また、北京の五輪開催地決定に際してIOC=国際オリンピック委員会は、「人権問題の向上」を条件として提示しており、このまま人権の向上なく五輪が開催されてしまうと、それが「解決済み」の問題として国際的に考慮されなくなってしまうのではないかという焦りが、今回のデモを大きくさせた背景ではないかという一説もあります。
さて、それでは、現在「チベット亡命政府」は何を要求し、中国政府は何故それを認めないのかを考えてみたいと思います。
チベット亡命政府は、当初チベット全土(チベット自治区に周辺省のチベット自治州や自治県を加えた250万平方キロメートルの土地)の独立を掲げていましたが、現在は「高度の自治」まで要求を下げ、あわせて、「中国政府の漢民族の大量移住政策の中止」「チベットの平和地帯化」「チベット人の基本的人権と民主主義的自由の尊重」等を掲げています。
それに対して何故中国が認めないかというと、一説には国内に56民族を抱えているため、チベットに「高度の自治」を与えてしまえば、他の多くの少数民族も自治を要求し未曾有の混乱が起きる事を恐れているからだとも言われています。中国政府がダライ•ラマ14世を「分離主義者」と呼んでいたのはこの為です。
以上が、いわゆるチベット問題の概説です。
ただ、現在の新聞やテレビの報道や、その他のチベット問題に対する意見は本当に多様です。
例えば、先述のように、中国政府はチベットに大量の漢民族を移住させつつ、「青蔵鉄道」(2006年に全線開通した総延長1,956kmの高原鉄道。チベット自治区のすぐ北に位置する青海省のゴルムドとチベット自治区のラサを結ぶ。)や、病院、学校等のインフラ整備も積極的に行ってきています。それは懐柔策であるとか、チベット人の福利の為ではなく漢民族の移住を促進する為で、結果的にチベット文化を破壊しようとしているのだという意見がある一方、それでも毎年巨額を投じて行う設備投資は評価してもよいのではないかという声もあるようです。
そのような多くの立場や見解がある中で、現在チベットで何が起きているのか、それをチベット人の口から直接聞いた今回のインタビュー取材が、チベットと中国を巡る問題の理解の一助になれば幸いと存じます。
コメントする