さんま!さんま!
秋の味覚は数あれど、中でも絶対に外せないのがさんま。
あの鼻腔をくすぐる香ばしい香りと、一口ほおばったとたんにじゅわっと溶け出す脂、しっとりとした身とほろ苦いハラワタの絶妙のハーモニー。
そんな旬のさんまの塩焼きがなんと無料で堪能できるのが、今回取材した「目黒のさんま祭り」。
絶好の祭り日和となった平成20年9月7日(日)、今年で13回目を迎える目黒駅前商店街振興組合青年部主催「目黒のさんま祭り」が開催された。
岩手県宮古漁港直送の新鮮な「さんま」6000匹と徳島県神山町産の「すだち」10000万個、さらに栃木県黒磯市高林直送の「大根おろし」と「べったら漬け」が無料で提供されるという、秋の東京を彩る大盤振る舞いのイベントだ。
近年はその知名度もグンとアップし、人気も急上昇中と聞きつけ、はやる気持ちをおさえつつ取材に向かったのだが、現場につくやいなや記者は圧倒されてしまった。
まずは、祭りの会場。
目黒駅前の商店街主催という触れ込みから、こじんまりとした場所で行われる町のお祭りといった風情を想像していたのだが、実際には、片側三車線はあろうかという大通りで、都会のビルが立ち並ぶ中、さんまを焼く煙がもうもうと立ち上っていた。
次に驚かされたのは、行列だ。
記者は開会時間の午前10時に先駆けて会場に駆け付けたのだが、すでにさんまを求める行列は数百メートル。スタートから間もない時間にさんまにありついた人も「2時間近く並びました」と語っていたほどだ。
さて、せっかく来たのだから記者もご相伴にあずかるべく行列に並ぼうとしたのだが、行けども行けども最後尾が見えない。
行列は目黒通りを折れて首都高沿いに伸び、最後尾はぐるっと回って再び山手線の線路へと限りなく近づいていた。しかも、その長蛇の列をさらに長くする人々が次から次へとやってくる。
腕時計をにらみながら行列に加わる。
「はたして何時間くらい並ぶことになるのだろうか・・」
一歩一歩前に進みながら、目の前に続く見果てぬ人の群れを眺めていると、ふと、ある疑問が胸の奥から込み上げてきた。
「それにしてもなぜ、人々は1匹のさんまのためにこれほどまでに並ぶのだろうか?」
確かにさんまはおいしい。確かにタダだ。特に今年は原油高の影響で様々な生活必需品の値段が高騰している。そんな状況下で無料でもらえるさんまは、文字通り、"おいしい"に違いない。
とはいっても、さんまは大衆魚。スーパーに行けば高くても100円玉数枚で手に入る。
と、ここまで思ったところで記者は、長い行列に並びながらも、不機嫌そうな表情の人が少ないことに気がついた。いや、むしろみんな楽しそうだ。いや楽しそうと断言はできないまでも、ほとんどの人がそこはかとない喜びを胸の奥に宿しているような顔をしている。
加えて、記者もそうであったのだが、列の前後の人どうしが何気なく言葉をかわすシーンも多く見られ、現場にはえもいわれぬ一体感のような空気すら漂っていた。
そうか、これなのか・・。
さんまのおしいさは日本人なら誰もが知っている。特別めずらしいものでもない。ただ、この時期に、たった1匹のさんまのためだけに時間を費やす風情。そしてこのためだけに多くの見知らぬ人々と時間と行動をともにすることで、何か「自分も世の中に参加している」「自分は1人ではない」といった充足感がもたらされるのだ。
たかがさんまを食べるというイベントに、主催者や協賛者の皆さんのたゆまぬ努力とサービス精神があり、意識するしないにかかわらず、それに呼応し、ともに盛り上げようとする人々がいる。この一連の"心のつながり"が、「たかが」さんまを、「されど」さんまに変えているのではないだろうか。
普段の生活、特に都会での暮らしは、ときに殺伐とし、孤独感にさいなまれることも少なくない。しかしこの都会の真ん中で行われる「目黒のさんま祭り」に参加し、列に並び、さんまをたいらげたとき、お腹がふくらむのと同時に、心も少しだけ満たされたように感じた。
※「目黒のさんま祭り」の由来はご存じ、落語の「目黒のさんま」です。噺の内容は、有名なので割愛しますが、そういえば漫画「ドカベン」の岩鬼もさんまが大好物でしたね・・。
※いわゆる「さんま祭り」には、今回取材した目黒駅前商店街主催のものと、目黒区民祭り実行委員会が主催し、「目黒SUNまつり」の一環として行われるものとがあります。
つまり、品川区にある目黒駅で行われるものと、目黒区で行われるもの、の2つ。互いにさんまの産地や、すだちがかぼすになったりなどの違いなどがあるようなので、それぞれの味わいを楽しんでみるのもよいかもしれませんね。
ちなみに目黒駅のとなりの恵比寿駅でも「となりのサンマ祭り」(恵比寿恵成商店会主催・今年は10月12日(日))というのが開催されています。しゃれっ気ありますね。
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