新入りの野龍です。よろしくお願いします。
初めての取材、取材対象は、吉祥寺の銭湯で行われている「不老体操」なるもの。風呂で伝授されている不老の体操とは一体? もしや中国の朝の体操みたいに、気功を応用したものか?などと予想しつつ取材当日を待ちました。
12月5日金曜日の午後、吉祥寺の路地にある銭湯「よろづ湯」を訪問。昔からあるような日本家屋で一階が銭湯になっている建物でした。
2時から開始ということで早めに到着したものの、店は閉まっており、看板もふるびて「 ろづ湯」としか読めない状態。「本当にここで大丈夫なのか??」と心配になりつつも、取材用のビデオカメラを調整しながら待機。
ふとまわりを見わたしてみると、自転車でやってきたおばあちゃんたちがちらほら。カメラを構えた若者が入口にいることをいぶかしがる様子。
取材であることを伝えると、テレビか新聞かと尋ねられて困惑。インターネットの取材だといって分かってもらえるのだろうか...と思いつつも一応インターネットのサイトであることを説明。ついでに名刺で当サイトを宣伝。
ほどなくして講師の斉藤温子先生が到着、一通りの説明をしていただきました。脱衣所に20~30人の高齢者が集合し、音楽に合わせて1時間ほど一緒に体操をするとのこと。鍵が開いて入場しました。
男子の脱衣所に全員で集合。皆さんでロッカーを部屋の隅に運んでどかします。やはりけっこうぎゅうぎゅうです。脱衣所の入り口に「不老(風呂)体操 やってます」のポスターを発見。なぜかアニメ調のポスターでした。東京のアニメ文化が世界で認められるこの時代、ここ吉祥寺の銭湯にも二次元が進出してきていました!
参加者はほぼ全員高齢者の方々で、全体の4分の3ほどが女性でした。
出席の確認後、脈を確認して、自然な流れでさっそく開始。
はじめは座ったまま、指先の曲げ伸ばしからスタート。リズムよく手を動かしたり足を動かしたりが続きます。参加者のほとんどが何度も参加されているので、動きが体にしみついているのか、動きを正確に合わせていました。斉藤先生も歌とシンクロさせながら体操を指導していきます。立ったり、座ったり、曲げたり、まわしたりと実に多彩な動きが組み込まれています。予想していたよりもハードな体操でした。
少し水を飲んだあと、お手玉が配られました。お手玉を、音楽に合わせて投げていきます。女性の皆さんはさすがお手玉が上手!子供のころよく遊んでいらっしゃったのでしょう。お手玉がうまい人を久しぶりに見ました。
体をある程度ほぐしたら、タオルを取り出して再開。タオルを持ってひっぱったり投げたりと、体を拭くタオルの可能性を広げていきます。そのタオルがそのまま入浴に使えるので無駄がないですね。
一区切りつけて次は本格的なエアロビクスのような運動。比較的若い人は別室(女性用脱衣所)に移動して体操開始。ここから筆者も参加してみることに。体を大きくひねったり左右にステップを踏んだりと、若者にもちょっと難しい運動でした。慣れている方は歌いながら正確にステップを踏んでいきます。初めての筆者は動きについていけませんでした。
最後にもう一度座って、タオルを使ったりしながら、整理運動がわりに手や足の曲げのばしをしておしまい。ほどよい汗が額に浮かんでいました。あっという間の1時間でした。
◆◇◆◇
この不老体操は、武蔵野市が1981年に始めた取り組みです。
60歳以上の高齢者を対象に、毎週、町の銭湯ごとにきまった曜日に自由に参加できます。体操には専門の講師が派遣され、共通の体操や講師オリジナルの体操を組み合わせて行われます。しかも体操の後は無料でその銭湯に入れるというおまけつき。入浴費用は市が負担してくれるそうです。気前がよいですね!
ちなみに近年の参加者数は、平成16年度は14848人、平成20年度は15051人(武蔵野市役所高齢福祉課のデータによる)と、毎年平均15,000人ほどで、実に多くの方が参加されています。
さてさて、無料で入浴できる以上に、不老体操にはたくさんの素敵な点があります。
日ごろあまり運動する機会のない高齢者にとって、同じ年代の方々と一緒に無理なく運動できる機会であること。定期的に運動することで体の調子を整え、健康的な生活を送れること。さらにはみんなで集まることで会話ができ、日々の刺激を受けられることなどです。運動のあと、お茶を飲みながら仲間と語り合うのです。
家で1人でタオルをつかんで音楽をかけながら体をねじって歌う、というのはなかなか続けられなくても、こうして皆さんで集まることで習慣化することができます。
体操の後、ロッカーを元の位置に戻し、銭湯入浴の準備が整うまでのしばしの休憩時間の間、参加者の何名かにインタビューをさせていただきました。
参加者のうち最高齢はなんと90歳!週2回必ず参加しておられるそうです。その参加歴、じつに20年以上という大ベテラン。長年続けていることで、体の調子が良くなり、医者に通うことがほとんどなくなったそうです。
他にも数名の方にお話をうかがいましたが、やはり最大の魅力は「みんなで集まってやれること」のようでした。ほとんどの方が友人から聞いてこの体操を知ったそうです。
◆◇◆◇
不老体操のような取り組みは、武蔵野市以外にも広がっています。
中野区では、「いきいき事業」「はつらつ事業」が65歳以上の高齢者を対象に登録制で実施されています。いきいき事業とは、登録した高齢者に公衆浴場を開放し、健康診断などを行うものです。はつらつ事業では、入浴の前に軽体操「はつらつ体操」が行われます。
豊島区では「湯友サロン」という名前で、65歳以上を対象に、区内18カ所で月1,2回健康体操が行われています。体操後100円で入浴することができます。
ほかにも、例えば葛飾区では「ふれあい銭湯事業」という名前で毎日平均1回、区内で体操が行われています。
こうした催しは体操だけに限りません。
杉並区では、「まちの湯健康事業」と題して、高齢者を対象に、健康活動をはじめとして、文化系の講座などを含めた活動を開始しています。こちらも参加費無料、入浴料も100円と参加しやすくなっています。
◆◇◆◇
今回取材させていただいた銭湯は、一般公衆浴場と呼ばれる形態の浴場です。厚生労働省の統計区分では、一般公衆浴場とは、入浴料金が省令に基づく統制を受けてる公営・民営の浴場をさします。これに対し、サウナ、マッサージなどの設備があり、さらには飲食店舗やゲームコーナーなどが併設されている公衆浴場はヘルスセンター、健康ランド、スーパー浴場などと呼ばれます。
一般公衆浴場は、年々減少の一途をたどっています。平成15年度には7324件あった一般公衆浴場も、わずか4年後の平成19年度には6009件まで減少しました(H19厚生労働省統計資料による)。毎年300~400件もの浴場が閉鎖を余儀なくされています。昔は自宅に風呂のない方が多かったため、銭湯は活況を呈し、交流の場としての役割も果たしていました。
ところが、最近では多くの家庭に風呂がつくようになり、銭湯に行く必要性が少なくなってしまいました。住宅の浴室保有率は95%を超えています。また、自宅に風呂があるものの「たまには銭湯に行くか~」といった利用客も、近所の銭湯が閉店することで自宅の最寄りの銭湯までの距離が長くなり、結果行かなくなってしまった、ということも考えられるでしょう。
一方で大型の駐車場を有する郊外型浴場など、一般公衆浴場以外の公衆浴場は、営業店舗数を年々増加させています。平成15年度には19507 件あった一般公衆浴場は、平成19年度には22783件まで増加しました(同資料による)。
一般公衆浴場と変わらない料金で入浴できるスーパー銭湯では、入浴だけでなく、入浴後にリラックスして時間を過ごせるマッサージルームや飲食店などの施設が併設されているため、入浴をレジャーとして楽しめるのです。筆者も、子供のころ連れて行ってもらったのはほとんどすべてがスーパー銭湯でした。多くの方にとって、家にお風呂があるのに、脱衣所と浴室しかない銭湯に行く理由もないため行かない、というのが実情ではないでしょうか。筆者のこれまでもっていた印象としては、銭湯というとどうしても、古くさい上に人が少なくて暗いイメージがつきまとっていました。
また、個人や家族で営業している小規模な銭湯の多くは、施設や設備が老朽化してもそれを修繕する費用が捻出できないという問題が起こってきているとのこと。また、労働時間は長く深夜におよぶ上、後継者もいない、といったような問題もあるようです。
それでは、町の銭湯はこのまま減少していくことしかできないのでしょうか?
今回取材させていただいた銭湯をみるかぎりでは、そうではないと思います。不老体操のように、小規模なら小規模なりに、人々を集める催しを行ってはどうでしょうか?かつて銭湯が日常生活の一部だった人たちにとっては、近所の人と語り合った当時の思い出があります。そうした思い出に応えるかたちで、体操に限らず、さまざまな交流イベントが考えられるでしょう。
俳句など、単なる趣味の集まりでも良いと思います。小さなお話会でもかまわないでしょう。それなりのスペースのある脱衣所をもつ銭湯がこうした催しを開いていくことで、交流の場所としてのかつての役割・イメージを人々のなかに取り戻すことができるのではないでしょうか。
たとえば、東村山市では、子供から高齢者までの全年代が参加する子育て支援イベント「銭湯であそぼう!」が開かれました。ここでは、就学前の乳幼児と保護者を対象に、脱衣所だけでなく浴室も使って、楽器の演奏や折り紙教室などが行われました。
まだまだ例は少ないものの、近年、さまざまな用途で銭湯のコミュニティとしての価値が見直されています。
交流→入浴→また交流、といった流れが銭湯では可能です。大きなスーパー銭湯にはできないことがあると思います。
不老体操の集まりで実現できているこうした「銭湯コミュニケーション」を目指していくことで、銭湯の活気が取り戻されていくのではないでしょうか。不老体操は、銭湯にとっても「不老」(=老いをとめる)体操となるのです。
不老体操は、銭湯のこれからの可能性を与えてくれるのでした。
コメントする