12月22日。世の中がクリスマスムードに包まれる一方、埼玉県立小児医療センターには、クリスマスを病棟で過ごす子ども達。ことさら表には出さなくとも、やはり子どもにとってクリスマスを楽しめないのはつらいもの。
そんな小さな患者達のため、無償で頑張るおじさん達がいる。子ども達を喜ばせるための奮闘ぶりを取材してきた。
外来・入院合わせて年間延べ約20万人もの患者を受け入れる埼玉県立小児医療センター。大病院だけに、重い病気や長く入院中の子どももたくさんいる。そこに、イブより一足早く、作業着を着たサンタクロースたちがやって来た。「コロコロ研究所」のみなさんだ。
サンタたちが持って来たプレゼント、それはドミノやボール転がしのからくり仕掛け、"コロコロ"。NHK教育テレビ「ピタゴラスイッチ」やテレビ東京「TVチャンピオン」などでやっているアレ、といえばおわかりいただけるだろうか。コロコロ研究所は、このコロコロで様々なイベントを盛り上げている。彼等の普段の姿は、建築板金業者。そこで日々培っている技術で、数々のコロコロを作り、TV出演などもしてきた。
そのTV番組を見た小児医療センターの中村副院長。病院は病気を治す場であることは間違いないが、子ども達にとって治療は「いやなこと」でもある。注射は痛いし、お薬は飲みにくい。入院ともなれば退屈さを避けられない。そんな病院に楽しさを加えたいと考えた。ぜひセンターにと研究所に依頼し快諾されたのがちょうど二年前。以来、コロコロ研究所はセンターのクリスマスを、報酬もなしにこのコロコロで彩ってきた。
我々の目の前でコロコロ作りが始まった。材料をよく見てみると、木材、トタン板など、彼等の本業で身近に使うものが多い。普段使い慣れた素材だけに、所員たちはその特性も熟知している。さすがはプロと言うべきか、手際よくコロコロが組み立てられていく。ただ、楽に作れるというわけではない。実際の製作よりむしろ企画やアイデアの方に骨が折れるそうだ。元々エンターテイメントのプロではない彼等だが、子ども達のために智恵を絞りに絞った。
子ども達も集まって来て、しげしげと興味深そうに眺めている。ゴジラの像が出来上がった。ドミノ倒しがゴジラの尻尾を駆け上ったかと思うと、ゴジラの口が空き、そこから火炎放射に見立てたボールが勢い良く飛び出すという仕掛け。飛び出したボールはレールを駆け抜け、トン、トン、トンと小気味よいリズムを刻みながら階段を降りて行く。最後の段を下りて、今度はビデオテープで出来たドミノを倒して行く...。
集まって来た子ども達に、所員は笑顔で話しかける。完成したコロコロで子ども達に遊ばせる。子どもが少し触れただけで、大掛かりな仕掛けが動く。ボールが動くと、子ども達は一斉にそれを追う。全てのドミノが倒れると、そこにいる皆の目が輝く。そして、子ども達はニコニコしながら所員がドミノを立て直すお手伝いをする。ゴジラは日が暮れるまで火を噴き続け、子ども達を笑顔にし続けた。子ども達が笑顔になると、自然に大人も笑顔になっていく。病院関係者のみなさんも、一様に喜んでいた。
今年は新型インフルエンザの影響で大人数を一箇所に集められず、例年ほどのコロコロの規模は維持できなかったという。その穴を埋めるべく、もうひとつの大仕掛けが用意されていた。
入院患者の子どもが病室から外を見ていると、宙に浮いたサンタクロースが訪れる。そんなクリスマスプレゼントを贈りたい。手がかじかむ寒さの中、所員達はずっと外で作業をしていた。ドリルに電飾板を取り付けたり、サンタ人形を点検したり。サンタ人形には中村副院長の似顔絵がついている。ラジカセからは、「恋人達のクリスマス」を歌うマライアキャリー。
最上階からロープを2本降ろし、それぞれをサンタ人形の右半身と左半身に通す。左右のロープを地上の所員2人が交互に引っぱることによって、ぐいぐいっとサンタが天に向けて浮上していく。昔懐かしい玩具の仕組みを大がかりにしたものだ。
徐々に階段をのぼるように、サンタの体が空中に踊る。所員たちの息が合わないと、サンタは思い通りに動いてくれない。病室のないところで入念にリハーサルした後、いざ本番。ロープを引く動きとともにギィギィと音を立てながら、徐々にサンタ人形が浮かんでいく。やがて病室の窓にたどり着く。暗闇の中現れたサンタクロースに、子ども達は大喜び。母親や病院関係者らも窓際にやってきて、嬉しそうに窓の外を見つめていた。
地上では体中に電飾を巻き付けた所員が踊る。電飾のついたドリルをコマのように回して美しい模様を描き、病室の子ども達の目を楽しませる。ロープを操る所員の手にも力がこもる。だが、想定外の事件が起こった。
サンタを吊るロープが、切れた。サンタといえど、重力には勝てなかった。静かな病棟に激しい音が響く。クリスマス前にやってきたあわてんぼうのサンタクロースだが、煙突も覗かないうちに地面におっこちてしまった。なるべくサンタを大きく動かして、子どもたちを喜ばせたかった。しかしその気持ちが、ロープを強く引っ張らせすぎ、頑丈なロープを切ってしまったのだろう。万事休す、誰もが思った。
だが、所員たちはあきらめなかった。まだサンタが訪れていない病室がある。子どもたち皆にサンタを見せるまでは終われない。早速修理が始まった。新しいロープを調達し、急いで仕掛けを組み直す。サンタ人形の傷を修復する。傷だらけになりながらも、なんとか再開することができた。ボロボロだけれど、どんな精巧な仕掛けよりも強く胸を打つサンタクロースが、子どもたち、そして取材をしている私たちにも、大切なプレゼントをくれた気がした。
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「ボランティア」という言葉が、「自発的」を意味するvoluntaryと同じ語源を持つことはよく知られている。コロコロ研究所の活動は、まさにボランティアという言葉にふさわしいものだった。誰に指図されるでもない。広告になるわけでもない。それでも、自分たちに出来ることがある。だから、やる。仕事も辞め、生涯をかけてボランティアのためのボランティアをするのは確かに素晴らしいものだ。しかし、大半の人はそんなことはできないだろう。自分が持っている技術を人のために役立てる。普段は自分の仕事に振り向けている能力を時々他のことに振り向ける。それが他人の心に大きく響かせることが出来る。そのことを教えてもらった。
ボランティア活動の形態は実にさまざまだ。
他に独特な活動をしているボランティア団体として、「日本おもちゃ病院協会」が挙げられる。その名の通り、壊れたおもちゃを修理することを活動内容とし、全国に200箇所ほどのおもちゃ病院がある。部品交換のための実費を請求することはあるが、それ以外は基本的に無償でおもちゃの修理を行っている。修理にあたる「おもちゃドクター」は、高齢者を多く含むボランティアで構成されている。修理する側には生き甲斐を、子どもたちには遊ぶ喜びとものを大切にする気持ちを与え育むという優れた活動だ。
神奈川県のダイビングスクール「パパラギ」では、プロの海洋知識を活かし、地元の学校の総合学習で海洋生物観察授業の支援をしている。海が好きな彼らだからこそ、海の魅力を伝えたいと考える。総合学習の時間に子ども達を海に連れ出し、海の生き物を観察させ、海について教え、実際に目の前にして学んでもらう。百聞は一見に如かず。教師が黒板で何度授業しても、この目の前で行う環境教育にはかなわないだろう。
記者の身近にも、同じく「自分に出来ることをやる」ボランティアをしている人達がいる。アカペラグループ「HAMODY」の六人だ。彼らは定期的に老人ホームや児童館でライブをしている。記者も近くで見学したが、皆実に楽しそうな顔をして見ていた。彼らは「自分たちはただ歌いたいから歌っている。その中で、誰かが喜んでくれるならとても嬉しいと思って活動している。」と話す。これもやはり、あくまでも「自発的」に、負担にならずに活動している。
私達一人一人に、それぞれの力でできることがある。誰しも「自分」のやりたいこと、好きなことがある。それを少し人のために使えないか考えてみて、ちょっとだけベクトルを修正してやる。そんな考え方が、より自然で等身大の、いわば'普段着のボランティア精神'を育むカギのひとつなのではないだろうか。
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