黒塗りの壁や塀で囲まれ、どこか近寄り難い雰囲気を漂わせる高級料亭。
東京・赤坂にある「金龍」もそんな老舗料亭のひとつだ。
政財界の重鎮も足しげく通ったというその金龍で、赤坂の芸者たちが芸を披露する「赤坂糸竹会」が開催された。(平成22年3月3日)
今回の催しは、赤坂の花柳界華やかなりし昭和30年代から40年代にかけて、有志の芸者衆が芸を磨くため行っていた勉強会を実におよそ30年ぶりに復活させようというもの。
記念すべきそのお披露目の会に取材に伺った。
かくいう記者も、芸者さんを間近で見るのはもちろん、いわゆる高級料亭に足を踏み入れるのも初めての経験。 金龍の小さな入り口を進んでのれんをくぐると、通りの喧噪とはうってかわって静謐な空気が漂う。
建物のしつらえやそこここに配置された調度品なども、そこはかとない歴史と風格を感じさせる。不況とデフレの時代とはいえ、やはり普通のお店とはひと味もふた味も違う雰囲気と高級感だ。
糸竹会の会場は、2階にもうけられた舞台と客席のある広間。
記者が到着したときはもう多くのお客さんでいっぱい、満員御礼の盛況だ。
ベテランの芸者さんたちのあいさつがあって、いよいよ開演。
黒を基調とした清楚な着物を来た芸者衆が、鼓や三味線、横笛を奏で始めると、会場全体に凛とした緊張感が漂う。そこにあでやかな花魁風の着物をまとった踊り手が登場。華やかな舞と美しさに思わず見とれてしまう。
次の演目は、琴や太鼓による演奏を聴かせる素囃子。太鼓担当の芸者さんが、叩きながら「イヨーッ!」と力強いかけ声をあげる。色白の額に1本、2本と浮かぶ筋が何とも色っぽい。
このほかにも趣向を凝らした演目が披露された。詳細は映像でたっぷりとお楽しみいただきたい。
そもそも今回の糸竹会復活は、景気の長期低迷でめっきり活躍の場が少なくなってしまった赤坂の芸者の芸を廃れさせることなく、次の世代に継承していこうという自発的取り組みでもある。同時に、こちらも不況と時代の変化の波にさらされている高級料亭とタッグを組んだ、花柳界再生の新しい試みともいえそうだ。
従来、料亭での芸者遊びといえば、一見さんお断り、料金も庶民には手も足も出ない、といったところが相場であったが、今回の催しの料金は1人5千円。舞台の後に芸者さんたちと一緒に楽しめる宴会も用意され、こちらは1人2万円だ。
2万円の宴会は、庶民には少しハードルが高いかもしれないが、誰でも芸者さんの芸に親しみ、料亭の雰囲気を味わうことができるというコンセプトは、赤坂花柳界の歴史においても画期的なものといえるだろう。
今回の会場となった料亭「金龍」も、実はこのほど大胆なリニューアルを行った。
かつての閉鎖的な"料亭的"要素は大幅にカットし、多くの人が比較的気軽に楽しめる店として生まれ変わっている。
その象徴が、新たにもうけられたバーカウンターだ。和の空気に満ちた料亭の中にある、本格志向のバー。そのミスマッチさが、何とも言えないシックな雰囲気と、ここでしか味わえない'特別感'を醸し出している。
「こちらのバーによく伺うんですよ」とは、サラリーマン風の男性。
「食事をするのは財布の問題があるけど、バーならね」と笑顔だ。
政治家や官僚に対する世間の目が厳しくなり、かつての「料亭政治」といったものも陰を潜める時代において、金龍リニューアルの狙いはまさにこうした客層の積極的拡大にあるといえるだろう。
とはいえ、挑戦はまだ始まったばかり。
金龍の店主・秋葉佳宣さんも「銀行からは、こんな儲からない商売やめろって言われます」と苦笑い。「でもやるからには成功させたい」と、その決意と意気込みは並々ならぬものを感じさせる。
最盛期には400人以上の芸者が集い、60店以上の料亭が軒を連ねたという赤坂だが、現在では芸者も料亭もそのおよそ10分の1。
「変化に適応できるものだけが生き残る」という普遍的論理が、いま赤坂をはじめとする花柳界にも、厳しい選択と行動を迫っているようだ。
盛況に終わった今回の催しが、赤坂花柳界復活ののろしとなるのか。行く末を見守りたい。
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