このお店の最大の特徴は「店内を鉄道模型が走っている」ということ。素人目にも「一流の模型なんだろうな」と分かるほど、車両も周りの建造物も精巧に作られている。カウンター席10席程度と、ボックス席が1つあり、カウンター席に座ればどこに座っても目の前を通過する列車を見ることができる。
また、すぐ下の階に「パノラマ小部屋」というお店もあり、こちらは本店よりも狭いスペースに座席が4,5席だけ。鉄道はもちろんのこと、80年代をイメージした様々なグッズで装飾されている。お客さんには、「落ち着いて飲めるし、バーテンダーさんとの距離が近くて話しやすい」と評判だ。
パノラマのオーナーは根っからの鉄道好きで、自然にこのお店を始めるに至ったそう。そして、店長の服部さんは、実はこの店に来るまでは全く鉄道に関しては知識がなかったという。取材中の流れるような説明ぶりからすると意外だが、「もともとオタク気質はあった」らしく、すんなりこの世界に入っていけたとか。
このお店、18時から開店なのだが、17時40分くらいからジーっと待っているお客さんも居るそう。熱烈なファンが居るのだ。
お客さんはほとんどが男性。常連さんはショーケースの前か踏み切りの前の席を陣取る。じっと座っている人は少ないそうだ(笑)。仲間どうし、ワイワイ鉄道談議に花をさかせているのだろう。
年代は30、40、50代が多い。エントランスには日本庭園があり、店内は洗練された雰囲気が漂う。カクテルの値段も、ちょっとお高め。やはり、ここは「オトナ」が夢を見る場所なのだろう。取材時に居合わせた常連客の西野さんは、このお店のことを「夢の自室」と表現していた。子供の頃なしえなかった「夢」。好きなものに囲まれる幸せ。このお店に集う人々は、「オトナの今だからこそ」の楽しみ方を、エンジョイしているように見えた。
ところで西野さん、「本職」の方。そう、実は鉄道会社の方なのだ。服部さんいわく、「けっこう本職の方いらっしゃいますよ」。そ、そうなんですか!好きなことを仕事にして、仕事の後の一杯も鉄道バーなんですね。そのような本職の方々のことを、素敵だな、人生をエンジョイしているな、と私は感じた。
「これからも、どんどん鉄道バーは広がっていくんじゃないでしょうか」と服部さん。あるいは少し前のメイド喫茶のように一気に大衆化するのだろうか。どちらも「非日常」を味わえるという点では一致している。しかし、鉄道バーにはひとつ、他とは違う強みがある。
それは、
「懐かしさ」
だ。 子供の頃大好きだった鉄道、お父さんと一緒に線路まで見に行ったあの鉄道、初めて乗ったあの列車、あそこへ旅行したときに乗った列車、あの人と一緒に乗った列車・・・ 鉄道にはいつも、懐かしい思い出がある。
今後、この優しい懐かしさがじんわりと心に拡がるのと同じように、鉄道バーも人々の間にじんわりとひろがっていくかもしれない。
今回訪れたゴルフバー、鉄道バー以外にも、「○○バー」というちょっと面白いバーには様々なものがあるようだ。例えば、お客さんも飛び入りで演奏に参加できるジャズバーや、リクエスト・持ち込みOKのロックバー、さらにロックの中でも、ビートルズを特にフィーチャーしたビートルズバー。特定のプロ野球チームのファンが集まるバー、店内がプラネタリウムになっている星空バー、「乙女ロード」で有名な池袋には男装バーなるものも存在する。どのバーも個性的で細かい趣味嗜好を持ったお客が集っていることは想像できる。
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時代は益々、細かく細分化された個々人の嗜好に対応していく方向に向かっている。大量生産・大量消費の時代は今や昔。人々は、自分の嗜好にマッチした場所やモノを探し出し、そこで満足感を得る。もはや「万人向け」では満足できないのだ。
それは、書店に並ぶ女性ファッション誌の驚くほどの種類や、店頭に溢れかえる様々なタイプの携帯電話、それに無数のコミュニティー(同じ趣味嗜好を持つユーザー達が作るネット上の集団)を抱える某SNSの人気ぶりなどにも現れている。人々は「自分らしさ」をより細かく認識し、世間もまた、それに応えている。
この流れが、バーの世界にも来ているのではないだろうか。「自分らしく飲みたい」と思うオトナが多く存在し、それに応え得る多種多様なバーが存在している。さらに店側にも「自分らしいお店をつくりたい」という思いがある。今回取材したゴルフバーも鉄道バーも、元々オーナーが「ゴルフ好き」「鉄道好き」で始めた店だ。
そしてバーは、「自分らしい」ファッション誌や携帯電話を購入することとは違った「自分らしさ」を満喫する醍醐味がある。それは、「同じ趣味を持った他人とのコミュニケーション」だ。商品を購入するだけだったら自分ひとりで完結してしまう。しかしバーは違う。他のお客や店員と、その分野の「細かい」話ができる。マニアックな、オタクな話もできる。しかもお酒片手なので話は弾む。
「細かいネタでコミュニケーションできる」
これこそ、「○○バー」の最大の魅力といえるだろう。
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